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2008.01.29

NODA・MAP キル

久しぶりの観劇日記を。
1月26日(土) ソワレの「キル」を観てきた。
チケットどうしようかなぁと思っていたのだが、○ちゃんありがとうな感じでよい席ゲットできたので観てきた。

キャストはこんなん。
テムジン:妻夫木聡
シルク :広末涼子
結髪 :勝村政信
人形 :高田聖子
フリフリ:山田まりや
JJ :村岡希美
ガイド/ヒツジ・デ・カルダン:市川しんぺー
旅人ポロロン:中山祐一朗
イマダ/蒼い狼:小林勝也
トワ:高橋恵子
バンリ/真人バンリ:野田秀樹

「チケットどうしようかなぁ」と思った原因の一つは、テムジンとシルクのキャストだった。広末は恐らくソコソコやるだろう。が、妻夫木は...。
テムジンといえば、堤真一が初演・再演と演じた役だ。
私は、1997年の再演版を観た。
で、堤真一に惚れた。
 「ミシンを踏めーーっ!」
の台詞にモンゴルの空を感じて惚れた。

その役を、テレビでもイマイチと思っている妻夫木が演じる。

そこはかとない不安を感じつつも、観るからには前の公演のことはきっぱり忘れるようにしようと心に決めて劇場へ向かった。

<開幕>
が!冒頭、キャストがステージ中央の階段からスローモーションで登場すると、そんな決意はどこへやら、97年版を観た時の感動を思い出して、全身総毛立ち、かつ、若干涙ぐみ、嫌でも当時の舞台を思い出してしまった。

96年の「TABOO」(唐沢寿明、羽野晶紀)と、97年の「キル」は、夢の遊民社をリアルタイムで観ることができなかった私にとって、野田秀樹ってすげぇ!舞台ってすげぇ!と一大カルチャー・ショックを与えた作品だったのだから、さもありなん。

「やっばいなぁ、比べちゃうかもしれぬ、やっばいなぁ」と妙な危機感を抱きつつステージを見つめていたその時、舞台上では一人の役者がふっと天を仰いだ。その瞬間、なぜだかその役者に視線が吸い寄せられた。フードを目深に被っているため、顔はよく見えない。役者が正面を向いた時に、ようやく誰だか判った。

広末涼子だった。

これで、もう広末にはやられた!と思った。

演技のタイプとしては、あまり好きな女優ではない。と思っていたのだけれど、さすがの華やかさと、よく変わる表情で舞台栄えする。と思った。


<結髪>
結髪は本当によい役だなぁと、しみじみ。
94年の渡辺いっけい、97年の古田新太、そして2008年の勝村政信。
文句のつけようのない、個性派役者達が演じている。
渡辺いっけいの結髪は観てないのだけれど...。

勝村さんの結髪を観ながら、古田さんの結髪を思い出しこそすれ、「前の方が良かった」とは微塵も思わなかった。さすがである。
物語をぐいぐいとひっぱるストーリーテラーであり、喜劇と悲劇の両面を演じ、シラノ・ド・ベルジュラックであると同時にランスロットでもある。
が、勝村さんだと結髪かっこえええ。


<人形>
やっぱり観よう!と思った原動力は、結髪の勝村さんと人形の高田聖子だ。
97年の鷲尾真知子の人形もそりゃあよかったけれど、聖子さんの人形は観ずにはおれまい。

なまじ美しいものだから、「あたしは4流のモデルです」のあたりの、テムジンにせまる人形が妙になまめかしくて、良かった。
そして、「人形が人形に見える」あのシーンはうっひょーー!

笑いとシリアスと、言葉遊びとわけわか度のバランスが非常に好みな作品なのだが、この二人の明と暗の迫力はさすがだと思った。
このお二人と野田さんに、いっぱい笑わせていただきました。


<バンリ>
「おとぉーさまぁ」が健在で涙が出た。
そりゃお年も召して、大昔の迫力は往年のファンが観たらば、弱くなったと言うのかもしれないけれど、50代なのにあの舞台の端から端まで走り回るパワーはやっぱり圧巻だ。
で、役者としてもやっぱり非凡というか天才?と思えてしまう。
バンリが不気味と思いつつ可愛いもの。
「おとぉーさまぁ、僕はあなたを憎んでいます」
の手記のあたりは、どうしてもゾクゾクとしながら泣きたくなってしまう。


<シルク>
良かったと思う。
演技のテイストとしては、野田さんの意図ってああいうシルクなんだろうな。という感じで、深津シルクと同系列。きっと羽野晶紀で確立されたキャラクターだったのかもしれない。
が、キャラキャラな感じの「モデル」のシルクと、低音を響かせるシルクのギャップもきっちり演じてた。
「モデル」のシルクは、もっと頭悪くてもいいかも。と思った。


<テムジン>
努力は認める...。が、もっともっと頑張れ。と思った。
もっともっと舞台をこなせ。と思った。
テムジン、シルク、結髪が同じ板の上に乗っていたとしたら、自然と視線が行くのは、
結髪>シルク>テムジン だった。
声枯れとかいう問題ではなく、まだまだ存在感が希薄。

それでも初舞台で、野田秀樹の名作に頑張っているのはエライ。

台詞への含みのなさも、よく言えばごくストレートにそのまんまの響きとして観客に届いているような感じがした。これが、「妻夫木」でなく、本当の舞台新人の大抜擢主役だったとしたら、初々しくもガッツある、若さあふれるテムジンだったと、評したかもしれない。
どうか、これで終わらないでくれ。
もっともっと、いろんな役を悩みながら解釈して、体当たりしてくれ。
後ろ姿で人を魅了する、先輩役者達と共演して、どんどん盗んでくれ。

最近の堤真一にダメだしとかしちゃったけど、やっぱり上手かったんだなぁ、あの人と思っちゃった。


<フリフリとトワ>
意外な拾い物という感じだったのが、フリフリの山田まりあ。
舞台栄えすんね。目がでっかくて目力がある。
台詞もちゃんと膨らみがある。
これからは、彼女の舞台も観てみることにしよう。

トワの高橋恵子はね、上手いと思ったよ。
ほぉ、こんな役もこなせるんだ。ちゃんと女優だね。と。
でも、今回の舞台で数少ない「97年版と比べちゃったー」が、テムジンとトワ。
微妙に肝っ玉母さんなトワの線の太さは、高畑淳子さんがやっぱりいいなぁ。


<長音の含み>
この作品、台詞の特徴として語尾を延ばすというのがある。
人間(と思っていたものたちが)が蝋に侵食されていく時の「ローーー」もそうだが、その他にも随所に出てくる。
今回、この語尾を延ばすその台詞回しが、しっくりきていたのは、バンリ、結髪、人形。
なんというか、ただ延ばしているのではない、微妙な抑揚がそこに含まれているのが、心地よかったのはこの3人だけだった。


<でもやっぱりいい戯曲だ>
ジンキス・カンが題材で、「キル」というタイトルから、私を含め多くの人が「KILL」だろうと思ったことだろう。
が、キルは「着る」であり、「斬る」である。きっとのその先に「KILL」もだろうけど。

二幕では、テムジンの兵士達がこう叫ぶ
「蒼き狼(テムジン)が世界中の人間を斬る日」
「世界中の人間が蒼き狼(ブランドの服)を着る」

また、終幕では、人形が誕生したシルクの子に対してこう言う。
「ねぇ、生まれてきた子はみんな何も着てないんですね」

服を「着る」ことにより、人となる。
人となることで、人を「斬る」。
人を征服する証として、制服を着せる。
着せる制服は、羊の毛。
人が生まれる前に身にまとっているのは、羊の水。

あぁ、もうどこの天才ですか!野田秀樹。

そしてやっぱり、終幕がいい。
テムジンが羊の水のなかで見た夢?
結髪とシルクの間に生まれなおし?
的なラストが好きだ。
特に「生まれなおし」なんか、「うしおととら」の藤田さんはキルを観ていたんじゃなかろうかと時々思う。

望まれない誕生。呪いのこもった名前。その名前を背負いつつ、親に対する愛情と憎しみに苛まれる。愛情を示すことすらできず、ただ戦いにあけくれる。そして、繰り返す負の連鎖。
生まれなおしで、ようやく見えてくるモンゴルの蒼い空。

あかん、97年のキルの録画をみちゃおっかなぁ。。。

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Comments

そうですか、ぶっきは声が枯れてしまってたんですね。
初日は、がんがん飛ばしてて大丈夫なのかなって思ってたけど、
まだ舞台初陣だから加減が分から無いんでしょうね。

山田まりや、良いっしょ。初舞台から見に行ってます(^^

>アリクイさん

うん、声がかれちゃっていて、少年期と青年期の差とか、結構きつそうだった。
楽まであともうちょっと。がんばれー

山田まりあ、いいねぇーーー。ちょっとビックリしたのよ。
フリフリあってる、あってる。
兵士の時の目とか、最高~。

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