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2004.12.29

SHIROH 12/28 その2

さてさて、夕べというか朝方までSHIORHの感想そのイチを書いていたら、異様に寒くなってきてエアコンの温度設定を普段より2度ほど上げてみたのですが寒い...起きてみてビックリ。
横浜でも雪降ってる~。寒いわけだー。
今日の千秋楽、当日券行列が出来ていると思われますが、観に行く羨ましい皆様、風邪などひかぬように最後のSHIROHをお楽しみあれっ!

さー、感想の続きです。まだまだ続きます。

昨日(小ネタ集追記しました)に引き続きキャスト編です。

初日観劇日記に敢えて書かなかった、つまり、賞賛するには後一歩だった方々のことからザクザク書いちゃいます。
※これまでの感想でも天に昇っていくSHIROH達の様子を”天昇”と書いています。正しくは勿論”昇天”なのですが、ちょっと自分の中のこだわりで、敢えて”天昇”と使わせていただきます。

★益田甚兵衛(植本潤)
初日では、作りこんだ”老人くささ”だけが鼻につき、嘘くさ~いしゃがれた甲高い声だけが目立っていた植本さん演じる四郎の父・益田甚兵衛も驚くほど良くなっていました。
若干山師のようないかがわしさも漂わせ、自らは策士であると自負しているものの、その実、伊豆守の手の平で踊らされていただけだった島原キリシタン反乱軍のハイテンション(・ビッグバン)プロデューサー的人物。彼が、伊豆守の真意を知り、絶望に打ちひしがれるサマは中々見ごたえがありました。
時にお茶目に時に狂信的に、根底にあるのは”自由”への闘争。その演じ分け方もお見事。

この方こそ、初日とは別人。
なんと生き生きと伸び伸びと、父ちゃんを演じてらっしゃることか。作られた老人臭さが見事に抜け、かえって”困ったじいちゃん”ってな感じが出ていました。
小ネタも満載(小ネタ集は前の感想の最後を参照)。花組芝居ネタやら、杏子との年の差親子ツッコミやら、この方のキュートな魅力炸裂でいながらにして、キリシタンをなんとか纏め上げ、大きな流れを作ろうと奮闘するジジイがほんと良かったです。


★レシーナお福(杏子)
さすがと言わずばなりますまい。彼女の歌唱法。あの歌い方で後半まで持っていけるとは、さすがシンガーでございます。それが杏子の持ち味というのは勿論わかっていたのですが、ハスキーすぎるあの声。後半つぶれてしまうのではといらぬ心配をしていました。
彼女の演じた、四郎の姉・お福というキャラクターも見れば見るほど面白い。姉でありがなら、姉ではない。やはり”自由”を求め、プロデューサーである父・甚兵衛と共に必死にキリシタン達を導こうとする彼女。シローの示した殉教への一本道ですら、強い笑みを湛えながら歩みを決して緩めようとはしない。そんな印象です。
これは私達が自分で選んだこと」そう言い切る彼女ですが、シローの絶望から端を発した”まるちりへの道”という図式が判りすぎるくらい判ってしまう観客としては、その姿に微笑みに、四郎の「違う!神はそんなことは望んでいない!」という叫びそのままの哀しみと絶望感を感じずにはいられません。
彼女の演じた役は”狂信的な殉教者”の象徴でもあったのだと思いました。


★津屋崎主水(池田成志)
はーいナルシです!
大好き成志のキレっぷりがサイコーに楽しくなっていて、笑って笑って涙がにじむくらい笑わせられました。
奇しくも、SHIROHに出かける直前にシアター・テレビジョンで阿佐ヶ谷スパイダース「はたらくおとこ」を見ちゃったりしたもんだから、尚更、おかしくて。この人はずるい!だって、後半の方が確実に面白いんだから!
昨日で残念だったのは、他の小ネタで押しすぎたのか、ヒロシネタがなかったこと(^^;; 友人に聞いてすんごく楽しみにしてたのに、どういう風に「ヒロシです...」って言ったの?すっげー気になる。

って、ネタのことばっかりかい!とツッコミを受けそうですが、まぁキリシタン目付けという役柄をこの方独特の”活き活きとした悪”、”悪を楽しむ悪”として演じてたのではないかなと思います。
大権力者である伊豆守⇒勝っちゃんこと松倉勝家⇒キリシタン目付け⇒キリシタン。というヒエラルキーを考えると、直接的に弾圧を断行した本人であるのですが、彼らは上の真意がどこにあれ、ただ職務を全うしただけとも言えます。権力者の下にある人間が、”命令”の名の下にどれだけ残虐非道になれるのか、これは近くイラク問題にも言えることだけに、成志の演じた”悪”というのは強烈にデフォルメされたキャラクターであるとは思うのですが、やはり興味深い。


★お蜜(秋山菜津子)
この物語のヒロインはお蜜さんだ!もう、そう言い切ってしまってよいと思います。
秋山さんに関しては、初日と昨日とほとんど変わりありません。初日からあれだけの安定感と完成度を誇って演じてらっしゃいました。それが、まわりの完成度も高まっちゃったもんだから、尚更よくって。
ストーリーを知って観ちゃっているので、泣かせられる泣かせられる。お蜜ねーさんとシロー二人のデュエットなんて...
本当にまぁ、なんていい女優なんでしょう。立ち姿も美しく、オールバックにきっぱりした濃い化粧も、はりのある声も、すべてがキップが良くて姉御肌という性格を表現しています。デザイヤー型着物タイトの衣装も決まっており、衣装が微妙に変わっていくたび、知恵伊豆の”くのいち”からシローを助ける””へと変遷していったようです。

凧を揚げているシローを見守る彼女の眼差しは優しい。お蜜ねーさんとシローの出会いも奇跡。
お蜜ねーさんはシローを守りたいと思っていたと思う。その無垢な歌声を、憧れを翼にして風になりたいというシローを守って自由に飛ばせてあげたいと思っていたと思う。
シローもその純な心でお蜜ねーさんの空虚さを感じ取り、何も持たないお蜜ねーさんの心の空洞を埋めたいと、共に行こうと思っていたに違いない。二人を観ているとそんな風に思えてしょうがありません。

実は、初日も昨日も座席が下手側。座席の関係で死角になっていたのか、単に気付いてなかっただけなのか、私はラストシーンの大事なところを初日は気付いていなかったようです。それは...最後、殉教していったシローとキリシタン達が、天昇していくシーンで
お蜜ねーさんもいる~っ!まいがーーーっ!
その穏やかな表情!

タダでさえうるうるきていた涙腺が、決壊です。前日のロミジュリに続き、カーテンコールにいたるまで、涙涙です。
洗礼名マリア・お蜜。はらいそでシローと二人で凧を揚げてください。
あ、違うか。二人で風になって今度は凧を舞いげるんだね。

と、こう書いていたら...まるで「風光る」じゃーん!


★山田寿庵(高橋由美子)とお紅(高田聖子)
この方達も...。初日から既に非常に完成度が高かった人たちであります。
でも今回は、前は気付かなかった細やかな感情表現に色々と気付かされました。特に寿庵・高橋由美子に釘付けです。凛々しくも厳しい彼女が、登場してから一貫して四郎に向ける熱いまなざし。「完璧でなくていい、欠けた月でいい」というのは熱烈な愛の告白に他なりません。二人が見上げる月は三日月です。泣かす~!!
<追記>前日に「日毎形を変える月に愛を誓うな」というロミジュリを観ていたのも因縁~とか思ってしまいました。

高橋由美子は大きく分けて三つの顔を見せてくれました。誰よりも多くの顔を持っていたと思います。なぜなら全てを知る者だから。
・四郎を崇拝し愛する女としての寿庵
・主にやんちゃ坊主シローに対する、時として厳しい姉のような、いやそれよりもっと厳格な反乱軍・参謀として劉備にダメだしをする孔明のような寿庵
・”自由”を求める同志としての寿庵

全てを見てきた寿庵と、島原・天草の現実から最も遠い位置にいたお紅。
この二人が最後に残される。
「何があったの、一体」とお紅。
そして寿庵は語り始める。
これがロック・ミュージカルSHIROHの幕開け。この幕開けが持つ意味がお見事ッ!という具合にラストの場に繋がっています。こちらも初日の空虚さとは雲泥の差(^^;;でした。

愛した四郎の最後の奇跡、その命と引き換えに自らが生き残ったことを寿庵は知っていたに違いありません。天昇していく四郎に背を向けながら、その瞳はとまどいから深い悲しみを湛える切ない苦悶の表情へ変化していきました。そして、生き残された哀しみに打ちひしがれているだけの女ではないところが寿庵の寿庵たる所以です。
全ての仕掛け人とも言うべき伊豆守に対して「私は見て行くからねっ」っと釘をさす見事な啖呵
見ていますか寿庵。島原・天草三万七千の民の血で贖った世の中は今こんなんです。
キリシタン弾圧の後の太平、その後に来た明治維新と廃仏毀釈、そして神国日本の名の下に軍事国家日本帝国の太平洋戦争とその戦後。今、日本の宗教観はこんなんです。

美味しい役のお蜜さんとリオに挟まれて、若干影が薄いと捕らえられがちなのかもしれませんが、おそらく上川ファン、上川・アイでこの舞台を観ていた人には寿庵の強さと愛らしさと切なさがよく伝わったのではないでしょうか。

お紅さんは、もしかしたら抱えているものが一番少ない、違う言い方をすれば何も持ってない”くのいち”だったのかなぁと思っています。持たないが故に、見えない。実際に、SHIROH達と斬り結んだ、柳生十兵衛やキリシタン目付け・津屋崎主水達は、同じお上側の人間であっても、その肌で島原で天草で何が起きているのかを感じたことでしょう。そして姉・お蜜はシローによって心の空洞を埋められたことでしょう。
でもお紅という存在は、直接彼らに目見えることすらなかっただけに、なぜ姉であるお蜜が死ぬことになったのか、”女という字を心の刃で斬られたくのいち”にすぎない存在である彼女には到底わかりようがなかったことでしょう。
哀しい女だよね、お紅も。

あぁ、繰り返しになりますが、全てを知った女と全てを知るすべを持たなかった二人の女。これだけ取ってみてもなんて切ないんでしょう。


★益田四郎時貞(上川隆也)
よかったっす。はい。この役当て書きなんだろうなって感じです。
硬さもとれ、余裕もあります。
苦悩と武士道を演じさせたら、堂々たるもんなんではないでしょうか。
正直、好き嫌いで言ったら、ごめん!嫌いな役者さんなんです。ガス・ストーブみたいって印象なんです。熱はあるし、パワーもある。けど、私は暖を取るなら目が離せない焚き火が好きなのって感じなんです(^^;;

とはいえ、ただびと(徒人)・四郎時貞のはまり具合は良かったです。傲慢な過去を悔いるという懊悩の深さからすると、もっと卑屈で臆病な人間になっていてもよかろーという気もしますが、きっといぢいぢとしていられない立場にいたのが四郎だから。自分の中で「俺は神の子ではない、違うんだ、最低の人間なんだ」という葛藤を持ちながら、起ち上がってしまった父や姉そして仲間達の為に、無為に過ごすことはできないという責任感という言葉では軽すぎるほどの意志を持つ、やはり”英傑”なのだと思います。
かつて、神の子としての力を持っていた彼がその力を無くしたのは、リオに対する罪、己の力に慢心した故の天罰か、それとも良心の呵責から自分で封印したのか。私は後者だと思っています。
自分はただびとに過ぎないと自覚してからが、本当の四郎の人生だったのかもしれません。

うーんと、まだ言葉が上手くまとまらないのですが、ただびととしてこそ四郎は仲間達を”まるちりへの道”から逃れさせようとし、精霊の声を聞き神の声を持つ子であったからこそシローは仲間達を”まるちりへの道”へ誘った。四郎は自分の力を疑う=神を疑っていたと思います。
生と神への絶望と共にシローが皆を率いて行ったというのはなんという皮肉。そして、神を疑っていた四郎が「神はそんなことを望んではない」と叫ぶというのはなんという皮肉。

後ね、やっぱり声がいい!歌は歌いやすいメロディーラインの曲だったので、外すこともほとんどなかったし。クセのある演出家にもまれてもう一皮むけたら、そしてもしも本人にやる気があって歌のトレーニングをしたら東宝ミュージカル出られますよ、うん。
好き嫌いは別にして、やっぱ立ち姿のオーラがあるんだもん。


★シロー(中川晃教)
さー!中川君でございます~。
「モーツァルト!」で惚れこんだ中川君の歌声に、日頃ミュージカルを見ない友人・知人達が軒並みノックダウンされていくさまを、何故か我がことのように嬉しく思いながら、自分自身もくらっっくらっしながら聞き惚れていました。
彼の歌も初日から完成形でした。
違っていたのは、テンションの持っていきかたかなと思いました。勿論、歌に込める感情は初日から100点満点でした。が、昨日は、前半はテンションを抑え目に、まだ能力に目覚めていない魅力的な歌声をもつ少年という感じで演じていたのです。それが、「まるちり~握った拳に神は宿る~」からテンションがごごごごごっ~!と上がって、圧倒的な「神の声をもつ少年」として開花していっていたのです。

ブラボー!

ビバ!

ハラショー!

小役人をただ煙にまく歌声と、キリシタン達をお上との戦いというとてつもなくハードルの高い行動へ導く歌声とはおのずとテンションの高さが違って当然。そんな感じがしました。

中川君!大阪公演が終わったら次は、ヴォルフガングだね。あなたの「僕こそミュージック」。あれは本当にあなたのことです。「SHIROH」でも「モーツァルト!」でもあなたこそがミュージック、あなたこそが運命

精霊の声を聞き、人々を導く、真っ白で純な、音楽ただそれだけしか持たない天使。

シローの根底にあるのは”人恋しさ”なのではないのかと思うのです。純な真っ白なと言っても、両親を持たず、仲間と夢だけを糧に生きてきた少年にとって、自分の能力が人の為になる、自分が誰かの支えになることができるという嬉しさ。そしていつか仲間と共に自由の世界にと願う心は、根底にある寂しさや孤独感からきているのではないでしょうか。
祀り上げられ力を得た時に、大事な人を失った喪失感。リオの哀しみにも気付かず、殉教の道へ突き進むシローは現実の生と神へ復讐を挑んでいるようでした。やけっぱち!僕がみんなの国を僕の手で作ってやる!そんな感じです。

ここからは、マンガ「うしおととら」を知らない人には意味のない私の感想です。
一番最初にSHIROHを観た時「うしおととら」の、怒りだけで白面の者に向かって行き、けものの槍を粉砕されたうしおの姿を思い出してしまいました。「うしお、怒りだけで向かって行ってはダメ」周りの声も耳に入らず、絶望感と怒りだけで強大な敵に挑みそしてやぶれたうしお。「うしおととら」はその後も勿論ある話なのですが、SHIROHを最初に観た時「シロー、怒りと絶望だけで敵に向かってはいけない~!」と心の中で叫んでおりました。その叫びは四郎の「神はそんなことを望んではいない」という叫びとシンクロして、哀しみが胸を満たしたのでした。

哀しみと絶望から死んでしまったシロー。リオのくちづけは赦しと癒しと導きだったのだろうと思います。


★その他のキャスト
さーて、もうだいぶ書ききったかな~。あとはつらつらと。
吉野圭吾・しげちゃんは、残念ながら組み上がったミュージカル上で演じていたせいか、初日から比べても特に変化はなかったかな。もうちょっと色が出せると素晴らしいのだけど。好きなだけにダメ出ししちゃいます。江守さんのいぢわるなツッコミをもっと上手く返せるようになってくだされ!

今回、新感線キャストは上手い具合になりを潜めていました。でも、トータルでみてこのミュージカルの完成度をアップさせるために必要だったのかなと思います。
例えば、アンサンブルにまわったカナコさんの歌声は、初日キンキンと響き渡っていたのに見事に溶け込んでいました。
けどけど、粟根さんもさんぼ君も川原さんも右近さんも、小ネタはさすがの呼吸で繰り出してくれるし、「帝劇なんぼももんじゃい、新感線じゃい!」と思いつつも、的は外さないミュージカル大作を作り上げてくれたのです。
も一回

ビバ!新感線!

ブラボー!SHIROH!


最後に。
初日日記で『「ジーザス・クライスト・スーパースター」と似た匂いを感じる』と書きましたが、今はもうそうは思っていません。あれはあくまでキリスト教圏で書かれた物語。昨日の日記の繰り返しになりますが、やはり、日本という宗教の存在感が薄い今のこの国で描かれたSHIROHは、多くのメタファーと共に単純な殉教精神を描いた物語には収まっていないのです。

さぁ!大阪じゃー、大阪じゃー!
大阪の皆様、お楽しみだねーー!私も行くさ!!

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Comments

うるみさん、こんにちわ~。

とても深い感想、感激しながら読ませていただきました。そうです!今回特に大筋や演出を変えたわけでもないのに、私のみた11日と28日では明らかに変わっていたその理由がうるみさんの感想を読んでやっとわかりました!植本さんが良くなってたんですね。もともとたいへん達者な役者さんなのに、さらにさらに深みが増し、同じように化けた江守御大や杏子さんとともに作品世界を広げてました。

今回はおよそどの役者にも不満はなく、最高でした。楽最後の上川さんのメッセージ「そんなに観たければ大阪に来なさい!」に思いっきり「行きま~す!」と答えていた私です。

nyaさん、コメント&TB&過分なお言葉ありがとうございます~。実は、いまだにいろいろと解釈について考えていたりもするんですよね。いかに、SHIROHがいい舞台だったかの現われかと思っています。

前楽の時、挨拶で上川が「今度は大阪ですが、大阪にいらっしゃる方もいらっしゃるかと思いますが」と言った時は心の中で「はーい!行きます~!」と叫んでいました。

大阪、楽しみですよね~。

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